芸能人や政治家が住む東京の高級住宅地とは2

芸能人や政治家が住む東京の高級住宅地とは1では、江戸時代以降の高級住宅地の変遷を紹介した。

以下より、現在の都内の高級住宅地について解説する。いずれも昔から本当に良いと言われているエリアで、芸能人・政治家・スポーツ選手などの著名人も多く住んでいる。

千代田区番町

旗本のうち、将軍を直接警護するものを大番組と呼び、大番組の住所があったことから番町と呼ばれていた。

明治時代には、高級官僚、軍人、華族、財界人らがこの街の住人の中核を形成しており、有島武郎、藤田嗣治、滝廉太郎、菊池寛、島崎藤村などの文化人も多く住んでいる稀有なエリアであった。

「区立番町小学校」「九段小学校」など、数少ない公立の名門小学校もあり、かつては「番町小、麹町中、日比谷高、東大」というのがエリートコースだった。

千代田区麹町

町名の由来は、町内に「小路(こうじ)」が多かったためという説、幕府の麹御用を勤めた麹屋三四郎が住んでいたためという説がある。

府中(ふちゅう)の国府(こくふ)を往来する国府街道の江戸における出入口であったため、つまりは国府路(こうじ)の町であったという説が有力である。

1878年11月の郡区町村編制法によって東京の市街地に15区が編制された際に、麹町は四ツ谷・永田町・霞が関・日比谷・丸の内・大手町などともに麹町区となり、東京府庁や東京市役所が存在していたことで、東京15区の筆頭として扱われた。

維新後に、武家屋敷から明治政府官僚の屋敷街となった。

千代田区紀尾井町

かつては番町と並ぶ「山の手」の一つである緑多き優雅な佇まいの住宅街だったが、オフィスビルが目立つようになり、ホテル、大学、レストラン、議員宿舎などが大部分を占めるようになった。

現在、紀尾井町に住宅用の土地付き物件が売りに出されていることは稀になり、希少価値が高い地域となっている。

千代田区永田町

江戸城に近いことから加藤清正などの大名屋敷が建ち並ぶようになり、寛永年間(1624~44)から明治にかけ井伊直弼をはじめとする多くの大名屋敷があった。

関東大震災後は、北大路魯山人が星岡茶寮を借り受け「美食倶楽部」の拠点とした。

国会議事堂が1936年に完成した後は、政界の代名詞として使われるようになり、民家があった面影はほとんどなくなっている。

千代田区九段

江戸時代からの屋敷街であった、格式ある街だ。

9層の石段と「九段屋敷」という幕府の御用屋敷が造られたことに由来しており、北の丸公園、桜の名所である千鳥ケ淵、靖国神社が存在している。

千代田区富士見

地内にある富士見坂から来ている。

富士見坂の由来は富士山がよく見えたことによるが、現在では高層建造物が密集しており、富士山を見ることはできない。

港区赤坂

地名の由来は、紀伊国坂と赤土が多い土壌に幾多の坂があることの二説ある。

江戸時代は元赤坂付近に町屋、武家屋敷が造られ始め、大名屋敷や旗本屋敷があった。

明治時代以降は官吏、軍人、富裕層が邸宅を持ち、高級料亭、旅館も密集していた。

昭和に入り、欧米諸国の企業および大使館の駐在員が住むと同時に、銀座と並ぶ高級繁華街となり、高級料亭、キャバレー、ナイトクラブ、ゴーゴークラブなどが多く集まった。

港区麻布

江戸時代初期までは農村や寺社の門前町であったが、江戸の人口増加・拡大につれ、武家屋敷が並ぶようになった。

馬場が1729年に芝から麻布に移転後は十番馬場と呼ばれ、馬市が栄えた。

1859年にアメリカ公使館が善福寺に置かれると、麻布十番を中心に花街や演芸場、映画館、デパートが造られ、東京でも有数の盛り場となった。

戦後、日比谷線の駅の開通計画に反対運動が起こり、路線は変更された。その結果、六本木駅周辺が大きく栄えることになり、長く商業的な停滞が続いた一方、アクセスの悪さ故の他を寄せ付けないクローズドなポジティブイメージもあった。

2000年代に南北線・大江戸線の麻布十番駅が開通すると、麻布十番商店街も賑わいを取り戻し始めることになった。東京を代表する高級住宅地として、芸能人・著名人・財界人などが多く住んでいる。

港区三田

江戸時代は大名屋敷や旗本屋敷が多く建てられた。

三田一丁目と三田五丁目の渋谷川沿いの低地には、住宅地・商店街が混在している。

三田二丁目の高台には高級住宅地が広がり、三井倶楽部(旧三井邸)、オーストラリア大使館(旧蜂須賀侯爵邸跡地)がある。旧島原藩中屋敷には、慶應義塾大学の三田キャンパスもある。

新宿区市谷

江戸時代には加賀藩主前田家が屋敷を構えており、明治時代以降も山手を代表する高級住宅地として発展した。

台東区上野桜木

台東区の高台に位置し、徳川家の菩提寺である寛永寺には、墓所として6人の将軍の霊廟されている。

城南五山

大正時代に入り、城南五山と呼ばれた以下の地域が、高台で非常に価値の高いエリアだという新しい価値観が生まれた。

  • 島津山

品川区東五反田1・3丁目付近の高台で、島津公邸があった。現在は清泉女子大学がある。

  • 池田山

品川区東五反田4・5丁目付近の高台に相当する。名称は、備前岡山藩の池田家の下屋敷があったことにちなんでいる。

  • 花房山

現在の品川区上大崎3丁目付近の高台に相当する。名称は、明治、大正期の外交官である花房義質の別邸があったことにちなむ。

  • 御殿山

品川区北品川にあり高輪台地の最南端に位置する高台。 徳川家康が建立したと伝えられる「品川御殿」があり、鷹狩の休息所として利用された。

  • 八ツ山

現在の港区高輪3・4丁目付近の高台に相当。岩崎家の別宅があった地域。

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